親を日本に呼び寄せるには?:在留資格「特定活動」と扶養の要件・手続き
はじめに
日本で長く生活し、安定した基盤を築かれた方の中には、「母国の両親を日本に呼び寄せたい」とお考えになる方もいらっしゃるかと思います。特に、高齢のご両親の健康状態や生活状況を案じ、近くでサポートしたいという気持ちは自然なものです。
しかし、日本で親が長期的に滞在するための在留資格は、配偶者や子供の呼び寄せ(在留資格「日本人の配偶者等」や「家族滞在」など)と比較して、制度上特別な配慮が必要となり、適用されるケースが限られています。
この記事では、ご自身の両親を日本に呼び寄せ、長期滞在を希望する場合に検討される可能性のある在留資格、特に人道的配慮が必要とされる場合に認められることがある「特定活動(老親扶養)」について、その要件、申請手続き、注意点などを詳しく解説します。
親の呼び寄せに関する基本的な考え方
日本の出入国管理及び難民認定法(入管法)には、親を扶養するために日本へ呼び寄せることを目的とした明確な在留資格は、原則として定められていません。これは、親の扶養は、まずその親の居住する国で行われるべきであるという考え方が基本にあるためです。
そのため、単に扶養を受ける目的のみで親を日本に呼び寄せ、長期滞在の在留資格を申請することは、一般的には難しいとされています。しかし、例外的に、特別な事情がある場合には、人道的配慮の観点から、在留資格「特定活動」が認められる可能性があります。
親の呼び寄せに適用される可能性のある在留資格
親の呼び寄せに関連して検討される可能性のある在留資格は、主に以下の通りです。
- 短期滞在: 観光、親族訪問などを目的とした短期の滞在(通常90日以内)です。手続きは比較的容易ですが、長期滞在はできません。あくまで一時的な訪問や状況確認などに利用されます。
- 特定活動(老親扶養): 後述しますが、特別な事情(主に人道的配慮が必要な場合)に限り、高齢の親の扶養を目的として認められる可能性があります。これは入管法上の特定の活動を定める告示や、法務大臣の個別の判断によって認められるもので、誰にでも適用される制度ではありません。
- 特定活動(その他のケース): 上記の老親扶養以外にも、個別の状況に応じて「特定活動」が認められる可能性がゼロではありませんが、極めて限定的です。
- その他の既存の在留資格: 親御さんが、ご自身の経歴や能力に基づいて、投資・経営、高度専門職、技術・人文知識・国際業務などの就労可能な在留資格のいずれかの要件を満たす場合は、その在留資格で来日・滞在することも理論上は可能ですが、これは親御さんの日本での活動内容に基づくものであり、「扶養されること」を目的とした呼び寄せとは異なります。
この記事では、主に人道的配慮に基づく長期滞在の可能性として、「特定活動(老親扶養)」に焦点を当てて解説します。
特定活動(老親扶養)ビザの詳細
「特定活動(老親扶養)」は、明確な法定の在留資格ではなく、個別の事情を考慮して人道的な観点から在留が認められる特別なケースです。そのため、許可基準は厳格で、申請すれば必ず認められるものではありません。
申請の要件(一般的な傾向)
特定活動(老親扶養)が許可されるためには、主に以下の要素が総合的に判断されます。これらの要件は法律で明確に定められているわけではなく、過去の運用事例などから推測されるものです。
- 扶養する子の状況:
- 在留資格: 安定した在留資格(例:永住者、高度専門職、就労系在留資格など)を有していることが重要です。特に、永住者である場合の方が、安定性・永続性という観点から有利に考慮される傾向があると言われています。
- 収入・資産: 親御さんを安定的に扶養できる十分な経済力があることが最も重要です。収入額、預貯金、資産などが審査されます。
- 家族構成: 扶養する子が日本に配偶者や子供などの家族を有しており、かつ、その扶養が安定的に行われているかどうかも考慮されることがあります。
- 扶養される親の状況:
- 年齢: 原則として高齢であること(一般的には70歳以上、あるいはそれに近い年齢)が目安とされます。
- 健康状態: 重い病気や障害などがあり、特別な介護や看護が必要な状況である場合、人道的配慮の必要性が高まります。診断書などで客観的に証明できることが重要です。
- 母国での状況: 母国に親御さんの面倒を見られる親族(配偶者、他の子供など)がいない、あるいはいても十分な扶養能力がないといった事情があるかどうかが重要です。母国で孤立無援に近い状態であることが、人道的配慮の根拠となります。
- 過去の日本への渡航・滞在歴: 日本に長期不法滞在などの問題となる履歴がないことが前提となります。
- 人道的配慮の必要性: 上記の状況を総合的に判断し、日本で扶養しなければ、親御さんの生命や健康に著しい支障が生じるなど、人道的観点から日本での滞在を認めざるを得ないような特別な事情があるかどうかが最も重要なポイントとなります。単に寂しいから、近くで一緒に暮らしたいから、といった理由だけでは認められません。
審査のポイント
入国管理局は、申請された書類や事情聴取を通じて、以下の点を重点的に審査すると考えられます。
- 扶養の必要性: 親御さんが母国で十分な扶養を受けられない状況にあるか、健康上の問題などで特別なケアが必要か。
- 扶養の安定性・継続性: 扶養する子が経済的に安定しており、今後も継続して親御さんを扶養する能力があるか。また、家族全体として親御さんを受け入れ、共に生活できる環境があるか。
- 真実性: 提出された書類や申告内容が真実であるか。
- 人道的理由の強度: 上記の要素から、日本での在留を認めなければならないほどの人道的な理由が強く存在するのか。
必要書類(一般的な例)
特定活動(老親扶養)の申請に必要な書類は、個別の状況によって大きく異なります。以下はあくまで一般的な例であり、これ以外にも多数の書類の提出を求められる可能性があります。
- 申請人(親御さん)に関する書類:
- 在留資格変更許可申請書または在留資格認定証明書交付申請書
- 写真
- パスポート、在留カード(日本に滞在中の場合)
- 出生証明書など、申請人と扶養者との親子関係を証明する公的書類(原本および日本語訳)
- 母国での親御さんの生活状況を証明する書類(例:住民票、収入証明、生活費の送金証明、自宅の写真、近隣の親族の状況を示す書類など)
- 親御さんの健康状態に関する診断書や医師の意見書(日本語訳)
- 母国での扶養者の状況に関する書類(例:他の子供がいる場合、その子供の居住地、家族構成、収入状況などを証明する書類。扶養が困難である理由を説明する書類や宣誓書など)
- 親御さんが日本での生活で特別なケアを必要とすることを示す書類
- 扶養者(日本で暮らす子)に関する書類:
- 在留カード、パスポート
- 住民票
- 職業を証明する書類(例:在職証明書、会社の登記簿謄本(経営者の場合))
- 所得・納税を証明する書類(例:住民税の課税証明書および納税証明書、源泉徴収票、確定申告書の控え、納税証明書(その1、その2)など)
- 預貯金残高証明書
- 自宅に関する書類(賃貸借契約書の写し、不動産登記事項証明書など)
- 家族構成に関する書類(例:戸籍謄本など、日本にいる家族全員が記載されたもの)
- 親御さんの日本での滞在計画に関する書類(例:滞在中の住居、費用負担、看護・介護体制など)
- その他、人道的な理由を裏付ける説明書や補足資料
これらの書類はあくまで例であり、入国管理局から追加の書類提出を求められることが非常に多いです。特に、母国での状況や扶養が困難である理由を客観的に証明する書類が重要となります。
申請手続きの流れ
- 必要書類の準備: 上記を参考に、申請に必要な書類を収集・作成します。書類は非常に多岐にわたり、母国から取り寄せる必要のある書類も多いです。
- 申請:
- 在留資格認定証明書交付申請: 親御さんがまだ日本にいない場合。扶養者が親御さんの代わりに、または連携して、日本の地方出入国在留管理官署に申請します。許可されると「在留資格認定証明書」が交付されます。
- 在留資格変更許可申請: 親御さんが短期滞在などで既に日本に滞在中の場合。親御さん本人が、日本の地方出入国在留管理官署に申請します。
- 審査: 入国管理局による審査が行われます。提出書類の確認、必要に応じた事情聴取などが行われます。審査には通常数ヶ月かかりますが、特定活動(老親扶養)のような特別なケースでは、さらに時間がかかる場合があります。
- 結果通知: 審査の結果が通知されます。許可された場合は、在留資格認定証明書の交付または在留カードへの変更手続きを行います。不許可の場合は、その理由が通知されます。
特定活動(老親扶養)ビザ取得後の注意点
- 在留期間: 特定活動の在留期間は、個別のケースごとに指定されます。継続して滞在するためには、期間満了前に更新手続きが必要です。更新時にも、引き続き扶養の必要性や扶養能力などが審査されます。
- 活動制限: 指定された活動(この場合は子の扶養を受けながら日本で生活すること)以外の活動は原則として認められません。就労することはできません。
- 状況変化: 親御さんの健康状態の改善、母国での状況の変化、扶養者の経済状況の変化などは、在留期間更新時の審査に影響を与える可能性があります。
申請が難しい場合の他の選択肢
特定活動(老親扶養)の許可は非常に難しいため、万が一不許可となった場合や、申請要件を満たすことが困難な場合は、以下の選択肢も考慮に入れる必要があるかもしれません。
- 短期滞在による頻繁な訪問: 長期滞在は難しくても、短期滞在ビザを利用して、扶養する子が母国を訪問したり、親御さんが日本を訪問したりすることで、交流を続ける方法があります。
- 母国でのサポート体制構築: 日本に呼び寄せるのではなく、扶養する子が母国へ経済的な援助を継続したり、母国にいる他の親族や専門的な介護サービスなどと連携して、親御さんの生活をサポートする方法を検討します。
- 扶養者である子が母国へ戻ることを検討: 究極的には、親御さんのケアのために、扶養する子が日本での生活を終え、母国へ戻るという選択肢も考えられます。
専門家への相談
特定活動(老親扶養)の申請は、その要件が明確に定められていないこと、人道的配慮の必要性を裏付けるための資料準備が複雑であることなどから、非常に難易度が高い手続きです。
ご自身のケースで特定活動(老親扶養)が認められる可能性があるか、どのような書類を準備すればよいかなど、具体的な判断や手続きのサポートについては、出入国在留管理の専門家である行政書士や弁護士に相談されることを強くお勧めします。経験豊富な専門家は、個別の状況に応じた適切なアドバイスや、申請書類作成の支援、入国管理局とのやり取りなどをサポートしてくれます。
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まとめ
親御さんを日本に呼び寄せて長期滞在を希望する場合、特に高齢の親の扶養を目的とする場合は、「特定活動(老親扶養)」が検討される主な在留資格となります。しかし、この在留資格は人道的配慮が必要な例外的なケースにのみ認められるものであり、要件は非常に厳格です。
安定した在留資格を有し、十分な経済力があることに加え、親御さんの健康状態や母国での扶養状況などから、日本で扶養しなければ人道上問題が生じるような特別な事情があることが許可の重要な鍵となります。
申請手続きには多岐にわたる書類が必要となり、個別の状況に応じた丁寧な準備が不可欠です。ご自身のケースの可能性や具体的な手続きについては、必ず専門家である行政書士や弁護士にご相談ください。
この記事が、親御さんの呼び寄せについてお考えの皆様にとって、制度を理解し、今後の対応を検討する一助となれば幸いです。