外国人向け日本生活ルールブック

日本での相続・贈与:外国籍の場合の法律、税金、手続き

Tags: 相続, 贈与, 相続税, 贈与税, 国際相続

はじめに

日本での生活が長くなり、資産形成が進むにつれて、「相続」や「贈与」といった法的な問題に直面する可能性が出てきます。特に外国籍の方の場合、日本の法律だけでなく、ご自身の母国の法律や国際税務の観点も考慮する必要があり、手続きが複雑になることがあります。

この記事では、日本に居住する外国籍の方が、日本で相続や贈与を受ける、あるいは行う際に知っておくべき基本的なルール、税金、そして具体的な手続きについて解説します。これらの情報を理解することで、将来起こりうる相続や贈与に適切に備えることができるでしょう。

日本における相続・贈与の基本的な考え方

相続とは

「相続」とは、人が亡くなった際に、その人の財産や権利・義務を、特定の人が引き継ぐことをいいます。亡くなった人を「被相続人」、財産などを引き継ぐ人を「相続人」と呼びます。日本の民法では、相続できる人の範囲(法定相続人)や、相続人が複数いる場合の相続分の割合(法定相続分)が定められています。

贈与とは

「贈与」とは、生きている人から別の人へ、無償で財産を渡すことをいいます。財産を渡す人を「贈与者」、受け取る人を「受贈者」と呼びます。贈与は、贈与者と受贈者の合意によって成立する契約です。

外国籍の場合に適用される法律

日本に住んでいても外国籍の場合、相続や贈与に関してどの国の法律が適用されるかが問題となることがあります。これを「国際私法」といい、日本では「法の適用に関する通則法」によって定められています。

相続の準拠法

相続については、原則として被相続人の本国法が適用されます(法の適用に関する通則法第36条)。例えば、被相続人がフランス国籍であれば、フランスの相続法に基づいて相続人や相続分が決定されるのが原則です。ただし、相続財産の種類(不動産など)や所在地によっては、日本の法律が適用されるケースもあります。

贈与の準拠法

贈与については、原則として贈与契約が成立した地の法律や、当事者の意思によって合意された法律が適用されます。不動産の贈与など、特定の財産に関する贈与については、その財産が所在する国の法律が適用されることもあります。

遺言の方式

遺言書の形式(方式)については、日本の方式、遺言者の本国法による方式、遺言者が遺言をした地の法律による方式など、複数の方式のうちいずれかに適合していれば有効とされることが多いです(方式準拠法)。しかし、内容(実質)の有効性については、原則として相続の準拠法(被相続人の本国法)が適用されます。

日本の相続税・贈与税制度

日本には、相続や贈与によって財産を取得した場合に課される税金があります。

相続税

被相続人から財産を相続または遺贈(遺言によって財産を受け取ること)によって取得した場合にかかる税金です。相続財産の合計額が一定の金額(基礎控除額)を超える場合に、相続人などがその超える部分に対して相続税を納める義務が発生します。基礎控除額は「3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数」で計算されます。

贈与税

個人から財産を贈与によって取得した場合にかかる税金です。贈与税には、暦年課税と相続時精算課税の2つの課税方法があります。一般的に多く利用される暦年課税では、1月1日から12月31日までの1年間に贈与を受けた財産の合計額から、基礎控除額110万円を差し引いた残りの金額に対して税金がかかります。

外国籍の場合の相続税・贈与税の注意点

外国籍の方が日本の相続税・贈与税の対象となるかどうかは、被相続人(贈与の場合は贈与者および受贈者)の日本国内における「住所」や「国籍」、そして「在留資格」や「滞在期間」によって判断される「納税義務者区分」が重要になります。

納税義務者区分

主に以下の区分があります。

  1. 無制限納税義務者: 日本国内にある財産だけでなく、海外にある財産もすべて日本の相続税・贈与税の対象となる人です。原則として、次のいずれかに該当する人が該当します。

    • 日本国内に住所を有する個人
    • 日本国内に住所を有しない個人で、日本国籍を有し、かつ過去10年以内に日本国内に住所を有していたことがある人
    • 日本国内に住所を有しない個人で、日本国籍を有しないが、特定技能ビザや企業内転勤ビザなど、定められた在留資格で日本に滞在している期間が相続開始前(贈与時)10年以内において合計5年以下である場合において、被相続人(贈与者の場合は贈与者)が相続開始前(贈与時)10年以内に日本国内に住所を有していたことがある人(これは2021年度税制改正による改正点を含むため、最新情報を確認してください)。
    • その他、被相続人(贈与者)が特定の要件を満たす場合など。
  2. 制限納税義務者: 日本国内にある財産のみが日本の相続税・贈与税の対象となる人です。無制限納税義務者に該当しない人が原則として該当します。

この納税義務者区分の判定は非常に複雑であり、特に2021年度の税制改正で外国籍の方に関するルールが変更されているため、ご自身の状況がどの区分に該当するか、また海外資産が課税対象となるか否かについては、必ず最新の情報をご確認いただくか、専門家にご相談ください。

国際相続における税務上の注意点

相続・贈与発生時の手続き

相続発生時の主な流れ

  1. 遺言書の有無の確認: 遺言書があれば、家庭裁判所で「検認」という手続きが必要な場合があります(公正証書遺言など一部の遺言書は不要)。
  2. 相続人の確定: 亡くなった方の戸籍謄本等を取得し、法定相続人が誰であるかを確定します。外国籍の場合、母国の戸籍に関する書類や宣誓供術書(Affidavit)などが必要になることがあります。
  3. 相続財産の調査: 預貯金、不動産、株式、負債(借金など)など、すべての財産を調査し、目録を作成します。海外にある財産も調査が必要です。
  4. 相続放棄または限定承認の検討: 被相続人に多額の借金がある場合など、相続したくない場合は、相続開始を知った時から原則3ヶ月以内に家庭裁判所に申述することで相続放棄ができます。財産と負債のどちらが多いか不明な場合は、限定承認という方法もあります。
  5. 遺産分割協議: 遺言書がない場合、相続人全員で話し合い、誰がどの財産を相続するかを決めます。合意内容を記載した「遺産分割協議書」を作成します。相続人の中に海外在住の方がいる場合、手続きが煩雑になることがあります。
  6. 相続税の申告・納付: 相続開始を知った日(通常は被相続人が亡くなった日)の翌日から10ヶ月以内に、被相続人の住所地を管轄する税務署に相続税の申告書を提出し、税金を納めます。申告期限に遅れると、延滞税や無申告加算税が課される可能性があります。外国籍の相続人が手続きを行う場合、必要書類の翻訳や、海外の税務当局が発行する書類の取得などが必要になることがあります。
  7. 相続財産の名義変更: 不動産、預貯金、自動車などの名義変更手続きを行います。

贈与時の主な流れ

  1. 贈与契約: 贈与者と受贈者の間で、財産を贈与する・受けるという合意をします。後々のトラブルを防ぐため、贈与契約書を作成することが推奨されます。
  2. 贈与税の申告・納付: 1月1日から12月31日までの1年間に贈与を受けた財産の合計額が基礎控除額110万円を超える場合、贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までに、受贈者の住所地を管轄する税務署に贈与税の申告書を提出し、税金を納めます。

よくある疑問・注意点

専門家への相談

相続や贈与は、関係者が複数いたり、財産の種類が多岐にわたったり、国際的な要素が絡んだりすると、手続きが非常に複雑になります。また、税務判断を誤ると多額の追徴課税を受ける可能性もあります。

以下のようなケースでは、専門家への相談を強くお勧めします。

相談できる専門家としては、相続に関する手続きや書類作成は行政書士司法書士(特に登記手続き)、相続争いなどの法的な問題は弁護士、相続税・贈与税に関する申告や税務相談は税理士が挙げられます。ご自身の状況に合わせて、適切な専門家を選びましょう。

関連情報

(注:上記リンクは記事作成時点のものであり、変更される可能性があります。最新の情報は各省庁の公式サイトでご確認ください。)

まとめ

日本での相続や贈与は、外国籍の方にとって、日本の法律、母国の法律、国際税務が複雑に絡み合う難しい問題です。まずはご自身の状況を確認し、基本的なルールや手続きの流れを理解することが大切です。

この記事で提供した情報は一般的なものに留まります。個別のケースでは判断が異なる場合が多々ありますので、ご自身の状況に合わせた正確な情報やアドバイスを得るためには、必ず税理士や弁護士といった専門家にご相談ください。適切な知識と準備をもって臨むことで、安心して手続きを進めることができるでしょう。