外国籍の方が知るべき 日本での海外送金・着金と税務:申告義務と注意点
はじめに
日本での生活が長くなり、キャリアの発展や資産形成、あるいはご家族との関わりの中で、海外との間で資金をやり取りする機会が増える方もいらっしゃるでしょう。海外から日本へ資金を受け取ったり(着金)、日本から海外へ資金を送金したりする行為は、日本の税法上、重要な意味を持つ場合があります。
特に、比較的多額の資金移動を行う際には、その資金の性質(贈与なのか、所得なのか、借入なのかなど)によって税務上の扱いが異なり、申告義務が発生することがあります。これらのルールを知らずにいると、後から予期せぬ税金の支払いを求められたり、加算税や延滞税が発生したりするリスクがあります。
この記事では、日本に居住する外国籍の方が、海外送金・着金を行う際に知っておくべき税務上のルール、申告義務、そして注意点について解説します。
海外送金・着金が税務に関わる基本的な考え方
なぜ海外との資金移動が税務に関わるのでしょうか。それは、資金の移動が、日本の税法における「所得」、「贈与」、「相続」といった課税対象となる行為に関連している場合があるためです。
日本の税法では、「居住者」に対しては原則として全世界所得課税が適用されます。これは、国内だけでなく海外で得た所得も日本の所得税の課税対象となる、という原則です。また、「贈与」や「相続」に関しても、財産の種類や贈与する人・受け取る人の居住地によって、日本の贈与税や相続税の課税対象となる場合があります。
海外との間で資金が移動したという事実だけが直接課税されるわけではありませんが、その資金が何に由来するのか、どのような目的で移動したのかによって、日本の税法が適用されるかどうかが決まります。
海外からの着金(資金の受け取り)に関する税務
海外から日本へ資金を受け取る場合、その資金が何に由来するかによって、主に以下の税金が関係する可能性があります。
1. 贈与税
個人から無償で財産を受け取った場合、贈与税の課税対象となります。海外の親族などから資金援助や贈与として資金を受け取った場合も例外ではありません。
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課税対象となるケース:
- 贈与を受けた方が日本国内に住所がある(日本居住者)場合、その資金の源泉が日本国内か海外かにかかわらず、受け取った全ての財産が贈与税の課税対象となります。
- 一時的に日本に滞在している外国籍の方(日本に住所がなく、かつ日本国籍を有しない)で、過去10年以内に日本に住所を有したことがない方が、海外の個人から海外の財産(海外の銀行預金など)の贈与を受けた場合は、日本の贈与税は課税されません。ただし、日本国内にある財産や、日本に住所がある方から贈与を受けた場合は課税対象となります。
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贈与税の申告と納税:
- 1月1日から12月31日までの1年間で受け取った贈与財産の合計額が基礎控除額110万円を超える場合、贈与税の申告と納税が必要です。
- 申告期間は、贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までです。
- 期限内に申告・納税をしない場合、無申告加算税や延滞税が課されることがあります。
2. 相続税
海外に住んでいた親族などから遺産として資金を受け取った場合、相続税の課税対象となる可能性があります。
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課税対象となるケース:
- 相続または遺贈により財産を取得した方が日本居住者である場合、その取得した財産が日本国内にあるか海外にあるかにかかわらず、課税対象となります。
- 一時的に日本に滞在している外国籍の方(日本に住所がなく、かつ日本国籍を有しない)で、過去10年以内に日本に住所を有したことがない方が、海外に住んでいた方から海外にある財産を相続または遺贈により取得した場合は、日本の相続税は課税されません。ただし、日本国内にある財産や、日本に住所がある方から相続・遺贈により取得した場合は課税対象となります。
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相続税の申告と納税:
- 相続した財産の合計額が基礎控除額(3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数)を超える場合、相続税の申告と納税が必要です。
- 申告期間は、相続開始を知った日(通常は被相続人が亡くなった日)の翌日から10ヶ月以内です。
3. 所得税
海外からの着金が、給与、事業の対価、不動産賃料、利子、配当などの所得である場合、原則として所得税の課税対象となります。
- 所得の種類: 海外から受け取った資金が、どのような経済活動によって得られたかによって、給与所得、事業所得、不動産所得、利子所得、配当所得、譲渡所得、一時所得、雑所得などに区分されます。
- 確定申告: これらの所得がある場合、他の国内所得と合算して確定申告が必要です。
- 海外で既に税金を支払っている場合は、外国税額控除の制度を利用して、日本の所得税から控除できる場合があります。租税条約が締結されている国からの所得の場合、源泉徴収税率などに特別な定めがあることもあります。
- 注意点: 海外の銀行口座で運用していた資産(株式や不動産など)を売却して得た資金を日本へ送金した場合、その売却益は譲渡所得として日本の所得税の課税対象となる可能性があります。「資産の売却代金だから税金はかからない」と誤解しないよう注意が必要です。
4. 家族からの生活費・学費の送金
海外の親などから、日本での生活費や学費として定期的に送金を受けている場合、通常、社会通念上相当と認められる範囲であれば贈与税は課税されません。これは、扶養義務者からの生活費・教育費に充てるための贈与財産で、必要な都度直接これらに充てられるものについては非課税とされているためです。ただし、生活費や学費として受け取ったものの、預貯金や株式の購入資金に充てるなど、本来の目的に沿わない使い方をした場合は、贈与税の課税対象となることがあります。
日本からの海外送金に関する税務
日本から海外へ資金を送金する場合も、その目的によっては税務上の義務が発生することがあります。
1. 贈与税
日本に居住する方が海外の個人へ贈与として資金を送金した場合、日本の贈与税の課税対象となる可能性があります。
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課税対象となるケース:
- 贈与をする方が日本国内に住所がある(日本居住者)場合、贈与を受ける方が海外に住んでいる(非居住者)場合であっても、原則としてその財産が日本国内にあるか海外にあるかにかかわらず、日本の贈与税の課税対象となります。
- 海外に住む方へ、海外にある財産(例:日本の銀行にある資金を、受贈者名義の海外の銀行口座へ送金する)を贈与した場合、贈与者・受贈者双方の居住期間や国籍によっては、日本の贈与税が課税されない特例(相続税法の一部適用除外)が適用される場合があります。このルールは非常に複雑なため、専門家への確認が必要です。
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贈与税の申告と納税:
- 贈与を受けた側(受贈者)に申告義務があります。贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までに、贈与を受けた方の住所地を管轄する税務署に申告します。
- ただし、受贈者が海外に住んでいる場合は、納税管理人の選任や手続きが必要になることがあります。
2. 所得税の源泉徴収義務
個人の方が海外へ資金を送金する場合、原則として源泉徴収の必要はありません。しかし、特定の種類の所得を非居住者に対して支払う場合(例:日本の不動産を海外の個人が所有しており、その賃料を海外へ送金する場合)、支払いをする側(この場合は送金する側)に所得税の源泉徴収義務が発生することがあります。これは、日本の所得税法で定められた「国内源泉所得」を非居住者へ支払う場合に適用されるルールです。
送金・着金に関する税務署への申告義務と金融機関の報告
多額の海外送金や着金は、税務当局が把握できる仕組みがあります。
1. 国外送金等調書
日本の金融機関(銀行など)を通じて、個人または法人が1回の取引で100万円超の海外送金または海外からの着金を行った場合、金融機関は税務署に「国外送金等調書」を提出することが義務付けられています。この調書には、送金・着金を行った人の氏名、住所、マイナンバー(個人番号)、送金先・送金元の氏名、送金目的などが記載されます。
この制度により、税務署は多額の資金が海外とやり取りされた事実を把握することができます。この情報が、贈与税や所得税などの無申告や申告漏れを発見する端緒となることがあります。
2. マイナンバー(個人番号)の提供
金融機関で海外送金や着金の手続きを行う際には、原則としてマイナンバー(個人番号)の提示が求められます。これは、金融機関が国外送金等調書を作成し、税務署に提出する際に必要となるためです。
3. 国外財産調書
日本に居住する方で、その年の12月31日現在において国外にある財産の価額の合計額が5,000万円を超える場合は、翌年の3月15日までに「国外財産調書」を税務署に提出しなければなりません。海外の銀行預金も国外財産に含まれます。海外からの着金が、ご自身の国外財産(海外の銀行預金など)の移動である場合、この調書の提出義務に関連してきます。国外財産調書制度については、関連する別の記事「日本に住む外国籍の方が知るべき 海外収入・資産の確定申告:全世界所得課税の原則と手続き」もご参照ください。
知っておくべきその他の注意点
- 送金・着金の目的を明確に: 受け取った資金が贈与なのか、貸付金なのか、海外での所得なのか、資産売却代金なのかなど、その資金の経済的な性質を正確に把握し、関連する契約書や証明書類(贈与契約書、売買契約書、インボイス、海外での納税証明書など)を保管しておくことが非常に重要です。これにより、税務署から照会があった際に適切に説明できます。
- 社会通念上の範囲: 家族からの生活費や学費の送金が非課税となるのは「社会通念上相当と認められるもの」に限られます。あまりに高額な送金は贈与とみなされる可能性があります。
- 為替レート: 海外との資金移動では為替レートが変動します。税務上の計算(例:贈与税額や所得金額の計算)では、原則として取引時の為替レートを用いて日本円に換算します。
- 二重課税と租税条約: 海外での所得に対してその国でも税金が課され、さらに日本でも所得税が課される場合、二重課税となる可能性があります。多くの国との間には租税条約が締結されており、二重課税の排除や軽減措置が定められています。外国税額控除の制度も利用できます。
- 資金洗浄防止(AML): 金融機関は資金洗浄防止のため、送金・着金の目的や資金の出所について確認を行うことがあります。高額な取引の場合や、通常と異なる取引の場合には、詳細な情報提供が求められます。
複雑なケースと専門家への相談
海外送金・着金に関する税務は、資金の性質、金額、送金者・受贈者の居住地や国籍、財産の種類などによって課税関係が大きく異なります。特に以下のようなケースは複雑になることが多いため、安易な判断は禁物です。
- 多額の贈与または相続が絡む場合
- 海外からの事業所得や不動産所得など、複数の種類の所得がある場合
- 国外財産(海外の銀行預金、有価証券、不動産など)の売却代金である場合
- 親族間での多額の貸し借りがある場合
- 複雑な法人取引が絡む場合
このような複雑なケースについては、税務の専門家である税理士にご相談されることを強くお勧めします。国際税務や資産税(相続税・贈与税)に詳しい税理士であれば、個別の状況に応じた正確なアドバイスを得られます。必要に応じて、弁護士が法的な観点からアドバイスを行う場合もあります。
税理士を探す際は、日本税理士会連合会のウェブサイトなどを参照するか、知人からの紹介なども有効です。初めて相談する場合は、無料相談などを利用してみるのも良いでしょう。
まとめ
日本に居住する外国籍の方が海外と資金をやり取りする際には、日本の税法上のルールを理解しておくことが非常に重要です。受け取った資金、送金した資金が、贈与税、相続税、所得税などの課税対象となる可能性があることを認識し、特に高額な資金移動を行う場合は、その目的や性質を証明できる書類を保管し、必要に応じて適切に税務申告を行う必要があります。
多額の資金移動や複雑な背景がある場合は、必ず税務の専門家である税理士に相談し、適切な手続きを行うようにしてください。これにより、安心して日本での生活や経済活動を継続することができます。
関連情報:
- 国税庁ウェブサイト
- 日本税理士会連合会ウェブサイト (税理士検索など)
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- 外国籍の方が知るべき 日本に住む方が知っておくべき国際税務の基礎知識:居住者・非居住者、租税条約、国外財産
- 外国籍の方が知るべき 確定申告:副業・投資・不動産収入がある場合の申告方法と注意点
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- 外国籍の方が知るべき 日本で税理士に相談するには?:専門家選びから依頼までのガイド (※仮でリンクを想定)
本記事は2023年〇月時点の情報に基づき作成されています。税法や制度は改正されることがありますので、最新の情報や具体的な判断については必ず専門家または税務署にご確認ください。