外国籍の方が知っておくべき 日本での遺言書作成:法律、種類、手続き、注意点
はじめに:なぜ外国籍の方にとって日本での遺言書作成が重要なのか
日本での生活が長くなり、日本に資産を持つようになったり、日本で家族を持ったりする外国籍の方にとって、遺言書を作成することは非常に重要です。遺言書は、ご自身の財産を誰に、どのように分け与えるか、また、お子様の親権など、ご自身の死後の様々な事柄に関する最終的な意思表示を行うための法的な文書です。
遺言書がない場合、相続は日本の民法に定められたルール(法定相続)に従って行われます。この法定相続のルールは、母国の相続法と異なることが多く、ご自身の意図しない相続分や相続人となる可能性があります。また、複数の国に関連する相続の場合、どの国の法律が適用されるか(準拠法)が問題となり、手続きが複雑化したり、家族間で争いが起こったりするリスクも高まります。
日本で有効な遺言書を作成しておくことで、このようなリスクを避け、ご自身の希望通りに財産を承継させたり、扶養しているご家族の生活を守ったりすることができます。本記事では、外国籍の方が日本で遺言書を作成する際に知っておくべき日本の法律、遺言書の種類、具体的な作成手続き、そして特に注意すべき点について解説します。
日本の遺言書の種類とそれぞれの特徴
日本の民法では、主に以下の3種類の遺言書が認められています。それぞれに特徴と作成時の要件があります。
1. 自筆証書遺言(じひっしょうしょいごん)
- 特徴: 遺言者が遺言書の全文、日付、氏名を全て自分で手書きし、押印して作成します。比較的簡単に作成でき、費用もかかりません。
- メリット: 手軽に作成でき、秘密にできます。
- デメリット: 形式不備により無効となるリスクが高いです。遺言書の存在が知られにくい、紛失・偽造の恐れがあります。相続開始後、家庭裁判所での検認(けんにん)手続きが必要です(法務局に保管した場合を除く)。
- 注意点: パソコン等で作成したものは無効です。財産目録のみパソコン等で作成する場合は、各ページに署名・押印が必要です。
2. 公正証書遺言(こうせいしょうしょいごん)
- 特徴: 遺言者が公証役場に出向き、証人(しょうにん)2人以上の立ち合いのもと、公証人に遺言の内容を伝え、公証人がそれを筆記して作成します。完成した遺言書は公証役場に原本が保管されます。
- メリット: 法律の専門家である公証人が作成するため、形式不備で無効になるリスクが極めて低いです。原本が公証役場に保管されるため、紛失や偽造の心配がありません。相続開始後の検認手続きが不要です。
- デメリット: 作成に費用がかかります。証人が2人必要です。手続きに手間がかかります。
- 注意点: 証人には欠格事由(未成年者、推定相続人など)があります。公証人とのやり取りは日本語で行われるため、日本語に不安がある場合は通訳が必要です。
3. 秘密証書遺言(ひみつしょうしょいごん)
- 特徴: 遺言者が遺言書を作成し、封印したものを公証役場に提出し、公証人と証人2人以上の前で自身の遺言書であることを証明するものです。遺言書の内容自体は秘密にできます。
- メリット: 遺言書の内容を秘密にできます。
- デメリット: 遺言書の内容に不備があっても公証人は確認しないため、無効となるリスクがあります。相続開始後の検認手続きが必要です。
- 注意点: 利用されるケースは少ないです。
外国籍の方が作成する場合、手続きの確実性や保管の安全性を考慮すると、公正証書遺言が最も推奨されるケースが多いです。
外国籍の方が遺言書を作成する際の法的留意点(準拠法と方式)
国際的な要素を含む遺言書の場合、どの国の法律に基づいて作成し、どの国の法律に従って効力が認められるかという「準拠法」の問題が生じます。日本の「法の適用に関する通則法」により、遺言の準拠法と方式は以下のように定められています。
- 遺言の成立および効力に関する準拠法:
- 遺言時の遺言者の住所地の法
- 遺言時の遺言者の国籍の法
- 遺言時の遺言者の常居所地の法
- 不動産に関する遺言であれば、その不動産の所在地の法
- 行為時における遺言者の本国法
いずれかの国の法律を選択することができます。特別な意思表示がない限り、通常は遺言時の遺言者の本国法または住所地の法が適用されることになります。
- 遺言の方式に関する準拠法:
- 遺言が行われた地の法(場所の法)
- 遺言時の遺言者の国籍の法
- 遺言時の遺言者の住所地の法
- 遺言時の遺言者の常居所地の法
- 不動産に関する遺言であれば、その不動産の所在地の法
これらのいずれかの国の方式に従って作成された遺言書は、方式に関しては有効とされます。
つまり、日本に住んでいる外国籍の方が日本で遺言書を作成する場合、以下の選択肢があります。
- 日本の法律(日本の民法)を準拠法とし、日本の方式(自筆証書遺言、公正証書遺言など)で作成する。
- 母国の法律を準拠法とし、母国の方式で作成する。
- 母国の法律を準拠法とし、日本の方式で作成する。
- 日本の法律を準拠法とし、母国の方式で作成する。
実務上、最も安全で推奨されるのは、日本の法律を準拠法とし、日本の公正証書遺言の方式で作成する方法です。なぜなら、日本にある財産や日本にいる相続人に関する遺言であれば、日本の法律と方式で作成された遺言書が最もスムーズに執行される可能性が高いからです。
遺言書作成の具体的なステップ
日本の公正証書遺言を作成する場合の一般的なステップは以下の通りです。
- 遺言の内容を決める: 誰にどの財産を相続させるか、誰に何を遺贈するかなどを具体的に決めます。遺言執行者を指定することも重要です。
- 必要書類・情報を準備する:
- 遺言者の本人確認書類(パスポート、在留カードなど)
- 遺言者と相続人の関係がわかる公的な書類(出生証明書、婚姻証明書など。外国語の場合は日本語訳が必要となる場合があります。)
- 相続人となる方の情報(氏名、住所、生年月日など)
- 遺言の対象となる財産に関する書類(不動産の登記簿謄本、預貯金通帳、有価証券の明細など)
- 証人となる方の情報(2名)
- 公証役場に相談・予約する: どこの公証役場でも作成できます。事前に電話やメールで相談し、必要書類の確認と予約をします。
- 公証人との打ち合わせ: 公証人との打ち合わせで、遺言の内容や必要書類について確認が進められます。この際に、日本語でのコミュニケーションに不安がある場合は通訳を手配する必要があります。
- 遺言書作成当日: 指定された日時に証人2名とともに公証役場に行きます。公証人が遺言の内容を読み上げ、遺言者と証人がそれが正確であることを確認した後、署名・押印します。
- 遺言書の保管と謄本の受領: 作成された公正証書遺言の原本は公証役場に保管されます。遺言者には正本と謄本が交付されます。
自筆証書遺言を作成する場合は、ご自身で遺言書の全文、日付、氏名を正確に手書きし、押印するだけです。ただし、方式に不備がないよう細心の注意が必要です。また、作成後は法務局で保管を申請することも可能です(この場合、検認手続きが不要になります)。
外国籍の方が遺言書を作成する際の注意点
- 準拠法と方式の選択: 日本の法律を準拠法とし、日本の方式で作成するのが一般的で安全ですが、母国の相続法との兼ね合いや、海外の財産・相続人の有無によっては、専門家と相談して最適な方法を選択する必要があります。
- 遺留分(いりゅうぶん): 日本の民法には「遺留分」という制度があり、兄弟姉妹以外の法定相続人(配偶者、子、直系尊属)には、遺言によっても奪うことのできない最低限の相続分が保障されています。遺言書で遺留分を侵害する内容を定めた場合、遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。母国の法律に遺留分に類似する制度がない場合でも、日本の遺留分制度は適用される可能性がありますので注意が必要です。
- 言語の問題: 公正証書遺言の作成には、公証人とのコミュニケーションが必須です。遺言者や証人が日本語を十分に理解できない場合、適格な通訳人(未成年者、推定相続人などは不可)を介して手続きを行う必要があります。
- 証人の適格性: 公正証書遺言、秘密証書遺言の証人には、未成年者や推定相続人、その配偶者、直系血族など、証人になることができない人が定められています。専門家に依頼すれば、適格な証人を紹介してもらうことも可能です。
- 国際的な相続人や財産: 相続人の中に海外に居住する方がいたり、海外に財産があったりする場合、遺言書の執行手続きが複雑になる可能性があります。そのような場合は、国際相続に詳しい専門家に相談することが不可欠です。
- 遺言執行者の指定: 遺言の内容を実現するための手続き(財産の名義変更など)を行う人を「遺言執行者」といいます。遺言書で遺言執行者を指定しておくと、相続手続きがスムーズに進みます。弁護士や司法書士、行政書士などの専門家を遺言執行者に指定することも可能です。
専門家への相談を検討すべきケース
以下のようなケースでは、ご自身だけで遺言書を作成するのではなく、弁護士や行政書士などの専門家にご相談されることを強くお勧めします。
- 財産の種類や金額が多い、複雑である
- 相続人の数が多い、関係が複雑である
- 日本と母国の両方に財産がある、または相続人がいる
- 特別な事情(特定の相続人に多く財産を与えたい、相続させたくない人がいる、障がいのある家族の将来のために配慮したいなど)がある
- 日本語での手続きに不安がある
- どの国の法律を適用すべきか判断に迷う
専門家は、ご自身の状況に合った最適な遺言書の作成をサポートし、法的な不備がないかを確認してくれます。また、国際相続に関する知見を持つ専門家であれば、国境を越える手続きについてもアドバイスを得られます。
より詳細な情報や個別のケースに関するご相談は、国際相続や入管業務に詳しい弁護士、行政書士、司法書士、または公証役場にお問い合わせください。
まとめ
日本での遺言書作成は、外国籍の方にとって、自身の死後の財産承継や家族の生活を守るために非常に有効な手段です。日本の方式で作成する場合は、特に公正証書遺言が安全性が高く推奨されます。ただし、国際的な要素がある場合や、複雑な内容を遺言書に盛り込む場合は、準拠法や方式の選択、遺留分など、検討すべき点が多岐にわたります。
ご自身の意思を正確に反映し、将来的なトラブルを防ぐためにも、必要に応じて国際相続や遺言書作成に詳しい日本の専門家にご相談されることを強くお勧めします。日本の法律や手続きについて正確な情報を得ることが、安心して日本で暮らすための第一歩となります。